泡姫たちのランチ事情

日本三大ドヤ街の一つ「山谷」。

JR・東京メトロ南千住駅から南へ約5分、浅草の中心部からだと北へ10分ほどの歩けばたどり着く。このエリアは一泊1000円〜3000円の安宿が並び、そこを拠点に日雇い労働者が生活する「ドヤ街」。印象としては西のドヤ街の雄・大阪の西成をもっとマイルドにした感じだから、町を歩いてそれほど緊張することもない。


ここも西成と同じく、近年はそのリーズナブルさから外国人バックパッカーや一人旅の若者などの利用者が増えつつある。それにあわせて安宿も建物をリニューアルして、wifiはもちろん、女性専用フロアや禁煙フロアなど設定、きめ細やかな接客など、下手なビジネスホテルより快適に過ごせる環境を備えた宿も少なくない。

 

一種の日雇い労働者である私も、予算が限られた出張の場合、利用することもある。先日も一週間ほど利用したばかりだ。

 

一週間の滞在中、時間があればまちを歩き、金に余裕があれば飲みに出た。

労働者のまちだけにさまざまな酒場もある。古典的酒場として知られる「丸千葉」「大林酒場」は、どちらも名店ではあった。しかし客層を見れば、日雇いより、そこそこの会社員が通う印象が強かった。

私はもっとドヤ街ならではのディープな酒をやりたくて、以前から気になっていた立ち飲み屋に足を運んだ。

 

その店は一軒家の歩道に面した部屋を店舗した造りで、出窓のようなカウンターは3人が立てば一杯になる規模。看板もなければメニュー表もない。30台後半とみられる若い男一人で切り盛りしている。


初めて入った時にはすでに先客は3人で私が立つ場所はない。「仲間に入れて下さい」と思い切って声をかければ、怪訝そうな顔をしつつもギュギュと詰めて私のスペースを作ってくれた。


当初先客はカメラバッグを提げた東京弁ではない珍客に対して「兄さん、公安の人間だろ?」とやたら疑り深い目を投げかけてくる。お互い話をしていくうちに、私が「ただ頭が悪い酒飲み」ということが分かったらしく、フレンドリーで愉快な酒盛りへと移っていった。


二日通って二日ともいたのは二人のおっさんだった。ひとりは知的障害と身体障害のハイブリッドな認定を受け、障害者手帳生活保護の恩恵で酒を飲む。もう1人は自称内装工事を生業としつつ、転売を目的としたチケット購入のアルバイトをしている。どちらもグレーを通り越して限りなくブラックに近い男たちではある。とはいえ酒の飲み方はスマートで好感が持てる。


またなにより店主が話す話もおもしろかった。あまり詳しく書くと若干問題があるのでかいつまんで。


山谷の近くには日本屈指のソープ街「吉原」がある。そこで働く泡姫たちは勤務中外出して食事をとることができない。そのため吉原のソープ街専門の宅配弁当が存在しているらしい。
外出できない泡姫の労働環境を知った弁当業者は価格をつり上げ、吉原の宅配弁当の相場は一食1200円程度もするらしい。泡姫の足元を見たそんな商売に憤慨したある男が、自らソープ街専門の宅配弁当を一食500円程度で始めた。

 

その弁当店店主はお客を獲得するために、自腹を切ってソープの客となり、泡姫たちに直接営業した。弁当は彼女たちの嗜好にも合わせてくれる。何万も経費として入浴料を払い営業をした結果、客が付いた。

他の業者が外国人アルバイトに配達させる一方、店主は自ら配達に出向き直接泡姫に弁当を手渡す。そんな誠意ある対応が人気を呼び、しっかりお客を獲得しつつあるという。

商売は思わぬところに転がっていて、その成功はどんな商売でも、やはり誠意ある対応なのだな、と考えさせられた話だった。